2011年04月16日

東日本大震災 @

DVC00090.JPG

久しぶりにブログを書きます

相変わらず ブログの更新が なかなか出来ず
駄目ですね ・・・。

さて 東日本大震災は承知の通り
2011年3月11日14時46分に発生いたしました
1000年に一度と言うくらいの大規模の地震です

正直 大変な事が起きたと思う反面
信じがたい現実を受け止めて、いない自分があると思います

余震もまだ続いていますし 原発の問題もまだまだ予断を許さない状況です
そして 経済も不安定な状況 わたしも含め不安でない人は誰もいないと思います
しかし 立ち止まっている訳には行きません 一人一人何が出来るか考え行動に起こし
一歩一歩進むしかありません すべてを前向きに捕らえ元気よく がんばりましょう

さて 私は3月下旬に岩手県陸前高田に救援に行ってまいりました
最初は 公共のボランティアとして行こうと思っていましたが対応が遅く 知り合いのルートで救援に行くことになりました

現地の人と連絡をとり必要なものなど状況を確認し行くことに・・・。
最初に大変だったのは ガソリンの確保・そして朝6時ごろ東京を出発 
埼玉で仲間と合流し2トントラックとワンボックスのバン2台に うどん(800人分)の材料・炊き出しの道具
そして亡くなられた方に掛けてあげる仏衣70枚を持って向かいました

現地まで着くのに約10時間かかりました
途中の道は、比較的問題なく進みました
現地の手前の町を通っても一見
何も変わった様子は無いくらいでした。
しかし 最後の峠を下り陸前高田の入り口に差しかかった時
風景は一変しました。
海からたぶん、5〜6キロ内陸に入った地点から瓦礫の山です
この地に何が起こったのか・・・・。
信じがたい光景でした

そんな瓦礫の山を横目に、避難所に到着し明日の炊き出しの為の下見をしに回り
連絡を取っていた関係の家に行き食事をしました。食事も自分たちで用意していきましたが
先方がすでに用意してくれていたので、お断りしたのですが
せっかく用意までしてくれたので食べないほうが
失礼かと思いながらも本当に申し訳ないと思いながら頂きました
普段からも食事の時には感謝の気持ちを込めて頂いていますが
いつも以上にご飯が食べれる ありがたみを感じました 改めて感謝いたします
そして、心のこもった貴重な食事、本当に美味しかったです。
そのとき、私はうっすら涙ぐんでいました。(複雑な思い出)

その後 休む事になりましたが自分たちで車の中に毛布と寝袋を持参していたので
車の中で寝るつもりで降りました。
しかし 現地の方々が、急遽 避難所の体育館に場所を確保してくれました
この事も大変申し訳ないと思いながらも ご厚意に甘え寝ることにしました
今、考えると車の中では本当に寒かったのではないかと思います
しかし 体育館も夜は暖房も無く室内温度は零下に近かったと思います
プライバシーも無く被災者の大変さを少しでも感じられた一つだったと思います

こうして一日がすぎました。

次回に続く・・・。
posted by 葬儀屋グローバルケア社長日誌 at 12:28| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。